北京の四つ星ホテルで感じた「中国社会の特徴と中国経済の弱点」
by薄田 雅人 on 2013/6/10
一言では説明できない多面性もつ中国
日本のマスコミは、「中国」を非常に強大な国、脅威であるかのように伝えるか、その逆に、問題ばかり抱え早晩四分五裂に崩壊してしまう問題児であると突き放すか。つまり、とかく両極端のイメージを、その時々で使い分けてきたように感じております。
しかし事実は大抵それほど歯切れよく言い切れぬもので、なかなか立派な、強靭なしたたかな面もあるが、非常に遅れており、情けない部分もあるということなのだろうと思います。
北京の大通り、長安街や金融街などを車で走っておりますと、それはそれは立派な、ついに大中華大復興時代が訪れたような気がしてくるのですが、一歩横丁に足を入れると、これまた信じられないぐらいに貧しく不潔で、つつましい庶民生活が垣間見えたり致します。
北京の四つ星ホテルでの出来事
先日北京で、定宿にしている長安街北側、北京を代表するオフィス街のひとつ、「国貿」に隣接したホテルに居た時、ちょっと面白いことがありました。
チェックインしてすこし息抜きをしようと、テレビを付けて、チャンネルを操ろうとしたら、リモコンのチャンネル調整ボタンが「上」にはいかず、「下」にしか動かせないということがわかったのです。また暇つぶしチャンネルとしてはすばらしい「HBO」だけ画面が大変荒れて、まともに観れないことがわかりました。
わたしは「服務中心(サービスセンター)」に電話をし、リモコンがおかしい、写りも悪いから直してほしいと言いました。ほどなく若い服務員さんが現れました。
一見して農村出身者の彼女、いかにも「わたし、とっても疲れてるの」の風情で、「リモコンのチャンネルは下にしか行かないのよ。HBOは信号が悪いから写りが悪いの」と答えてきました。とにかく暗い顔です。(もともと可愛い顔をした娘さんなのに、なんて勿体無い)
いやいや、このリモコン、そもそもちょっと離れたらもう全然使えない。ちゃんとしたのに換えておくれ。これじゃ遥控器(リモコン)じゃないだろうと言うと、「じゃわかった」と、渋々出て行きました。
彼女、結局それから三度もわたしの部屋に「これでどう?」と(新しい?)リモコンを持ってきながら、全然改善しません。「もういいよ。でも此処は五つ星ホテルなんだろう?リモコンとかテレビくらいちゃんとしとかなきゃね」と嫌味を言うと、「違うわ、ここは四つ星よ」とボソボソ言って姿を消しました。
なんだこれじゃ十数年前の中国みたいじゃん、とガックリし、別の部門に電話を入れ、ちょっと厳し目に、テレビの写りが悪い。リモコンも使えぬ。すぐに直してくれ、と指示を出しました。
すると5分もしないうちに中年の修理士がさっきの服務員を伴って現れ、その修理士はあっと言う間に完璧に機能するリモコンとキレイに映るHBOを残し、特段何も言わず、風のように立ち去っていったのでした。
服務員の言葉から垣間見える「中国経済の弱点」
こう書くと如何にも下らぬ些細な事のようですが、わたしは、いかにも中国らしい-現代中国らしい、とは敢えて言わない-特徴を感じました。リモコンやテレビの映りは客のわたしからすればホテルの問題であり、その組織にあって、まして「服務中心」に勤める服務員なのであれば、当然率先して客の抱える問題を解決すべく直ぐに(笑顔で)動くであろう、というのが日本人が抱く普通の期待であり、「常識」です。
しかし、あの服務員にとって、おそらくリモコンやテレビの映りは、決められた(=上司から言い付けられた)仕事ではなかったのでしょう。(このあたりが、加地伸行氏がいう「<実>優先の中国人」の面目躍如たるところなのです)
コストアップが続くなかで、この女性は農村から出てきたものの、ほとんどまともな職業教育を受けていないということかもしれません。
四つ星ホテルといっても、一泊1,000元くらい致します。それは彼女にとって、もしかすると月給の3分の1か5分の1にも相当する大金のはずなのですが、「四つ星だから」と言い捨ててしまうところに、熟練のブルーカラー労働者が極端に払底(不足)しているといわれる「中国の弱点」が垣間見えます。
難しい熟練労働者の育成
ところで、熟練のブルーカラー労働者をどう育成するかというテーマは、中国の産業政策指導要綱等でしばしば現れます。先日も、ある街で、教育研修事業を手がける某上場企業経営者から「政府支援も得られるので是非協力してほしい」と話を持ちかけられました。その人によると、中国国内には実績のある教育コンテンツ、研修メソッドがないので、日本かドイツからコンテンツとメソッドを持ち込み事業化したいということでした。
教育事業というビジネスで考えれば、これはなかなか面白い話です。しかしその実効性はというと、なかなかこれは難しいと思います。「組織と個人」、「献身と対価」に関わる在り方が日本と中国とではあまりに大きく異なるからということ。さらに「都市と農村」の間に横たわる差別-差別意識ではなく、より現実的な差別-が未だに非常に大きいから、であります。
これまでの中国の経済成長はむしろそういう差別があったため、地域間経済格差が大きかったためスムーズに成し遂げられてきたと考えてはいるのですが、それはあくまでコストアップが起こる迄のことです。中国企業も、いまや価格面での優勢に訴えるだけでは到底立ちゆかなくなってきています。
中国はまだまだイケる?中国を正しく評価しよう
中国の経済成長について、高度成長時代はすでに終わったという言説が、このところ随分目に付くようになりました。
しかし、あれだけ広大な未開発地域、未開発分野があるのだから、先進国のような消費生活が現れる地域が向こう十年、相変わらず限られたところになるとしても、その絶対数は大きいであろうし、三度のメシがしっかり食べられ、季節毎に親類縁者で豪勢な食卓を囲むことができるという「小康」レベルに国民全体が辿り着けるところ迄行くだけで、おそらく地球の資源を相当消費してしまうでしょう。
そういう意味では、まだまだ中国はイケる、でしょう。ただ産業高度化、製造業の高度化、欧米日等先進国市場への自主ブランド投入実現という問題に限っていえば、当面かなり難しい、ということではないでしょうか。(中国のアフリカ重視は、したがって、決して資源確保というだけのことではありません)
文化の軛(くびき)というものは、とても強靭です。もちろん日本も日本企業も、その軛の下にあります。中国を過大評価することも過小評価することもなく、これからのビジネス戦略をじっくり組み立てていきたいものです。